２００２年冬季五輪招致にからむ買収疑惑に揺れた国際オリンピック委員会（ＩＯＣ）の８代目・新会長にジャック・ロゲ理事（59）＝ベルギー＝が就任した。第３代会長ラツール伯以来２人目のベルギー人会長だ。

　サマランチ前会長（81）＝スペイン＝が後見人よろしく、にこやかに見つめる中でロゲ新会長は「サマランチ路線を継承する」と明言。「五輪の規模縮小を検討し、ＩＯＣを民主的な組織にしたい」と語った。

　モスクワでのＩＯＣ総会最終日の７月16日、開催地投票と同じ委員による新会長選挙で、ロゲ理事は２回目で過半数を獲得し、圧勝した。

　立候補したのは５人。いずれもサマランチ路線を支えた理事会メンバーだ。最古参は83年から昨年まで17年間にわたり理事、副会長としてサマランチ会長の片腕と言われたディック・パウンド前副会長（59）＝カナダ＝で、テレビ放映権委員長や新財源委員長としてスポンサーのテレビや企業と深い関係を持つ辣腕弁護士である。

　ソウル五輪の成功で88年から理事会入りし13年間側近の地位にあった金雲龍理事（70）＝韓国＝は、外交官出身で86年から国際競技連盟連合会長として競技団体を握り、テレビ・報道関係と連携を強めた。

　そして民主化を経た91年から一昨年まで副会長などで旧東欧をまとめたパル・シュミット元副会長（59）＝ハンガリー。92年に女性初の理事として理事会入りした黒人のアニタ・デフランツ第一副会長（48）＝米国。

　これに対し、整形外科医であるロゲ理事は、理事４年目の新参者。ただ89年から、欧州オリンピック委員会連合会長として各国委員会に影響力を持っていた。１２２人のＩＯＣ委員中、欧州関係委員が58人の最大勢力ではある。

　しかし、それだけでは新参者の圧勝はあり得ないだろう。サマランチ前会長の思惑を抜きには、不思議は解けないようだ。

　サマランチ会長が４選を果たしたあとパウンド前副会長への「会長禅譲」が取り沙汰される中で、98年総会でロゲ理事が初めて理事会入りすると、「パウンドとの後継争い激化」の情報が飛び交った。

　厄介な問題を処理しながらサマランチ路線を助けてきたのが、元副会長のド・メロード公（67）＝ベルギー。67年からＩＯＣ医事委員長として反ドーピングの先頭に立つ。

　メロード公を補佐したのが94年から同委員会副委員長のロゲ理事で、メロード公の理事引退にともない、サマランチ会長の要請により後釜に座った。ロゲ理事はサマランチ会長が手の内を指導した腹心中の腹心といわれている。

　98年11月に買収疑惑が明るみに出ると、99年にＩＯＣ調査委員長として、これを追及したのが当時のパウンド副会長。焦点はサマランチ会長に責任が及ぶかどうかだった。

　会長昇格を焦った「パウンドのクーデター説」も流れた。

　３月の臨時総会で信任投票を実施し圧倒的な支持を取りつけ、危機を脱したサマランチ会長は、任期満了での引退を表明したものの、改革へ精力的に動き出す。「クーデターは失敗」というわけか。

　会長選本番の大詰めで金理事が先行と見られると、投票前日にＩＯＣ倫理委員会が、金理事の「経費として年５万�jを委員に支払う」という約束は選挙違反の疑いがあると注意勧告を発表。

　会長のＯＫがなければ発表はやりにくい。直前の揺さぶりに金理事は激怒した。

　疑惑発覚から改革への裏で、ＩＯＣらしい「暗闘」が浮かび上がる。

　誇らしげな表情で発表の場に登場したサマランチ前会長は慎重な態度のロゲ新会長をやさしく抱擁し、わが子のように祝福。新会長誕生の本当の主役が誰か見てとれた。

　サマランチ前会長は名誉会長で理事会をリードし続けるという。子息のサマランチ・ジュニア氏の新ＩＯＣ委員就任も決まった。推進した北京五輪開催の圧倒的支持にご満悦で思惑どおりの総会。早くも「サマランチ院政」を懸念する声もあがる。

　しかし21年間の長期政権下で五輪は肥大し、「規模縮小」は難題。ポスト北京のテレビ放映権交渉ではＣＳ、ＢＳをどうするか。企業スポンサー離れにどう対応するかなど商業主義路線も安泰とは言えない。ドーピングの蔓延など問題は山積だ。

　ヨットのフィン級選手でメキシコから３大会連続五輪出場し、世界王者にもなったロゲ新会長だけに荒波のカジ取りはお手のものかもしれないが、「脱サマランチ」のメスさばきが最大の課題になりそうだ。